リスト教 Q&A
[1] 入門編
日本福音ルーテル知多教会
牧師:内藤 新吾(自宅半田)
[半田会堂]半田市堀崎町1−29(魚福隣り)
礼拝:日曜10時 TEL.0569-21-2206
[常滑会堂]常滑市山方町6−27(元・植田医院前)
礼拝:日曜13時 TEL.0569-35-3789
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(Q)キリスト教ってたくさんあるんですか。
(Q)どこの教会に行っても安心ですか。
(Q)宗教は何を信じても同じではないですか。
(Q)聖書なんて、非科学的ではないですか。
(Q)クリスチャンでなければ救われませんか。
(Q)クリスチャンになったら、何か生活が制限させられそうで。
(Q)お酒やたばこについてはどうですか。
(Q)家の仏壇とか墓とか、どうなりますか。
(Q)私でもクリスチャンになれますか。

(Q)キリスト教ってたくさんあるんですか。
(A)
 大きく分けて、カトリック(旧教)とプロテスタント(新教)があります。
 プロテスタントにはたくさんの教派がありますが、ルーテル教会はその中で最も大きく、
また伝統のある教会です。北欧などは、国自体がこの教派です。この名は、中世に宗教改革を
行なった、マルチン・ルターにちなんでつけられました。
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(Q)どこの教会に行っても安心ですか。
(A)
 まずはじめに、いわゆる異端と呼ばれる偽物だけには、くれぐれもひっかからないでください。
(有名なところでは、統一教会、エホバの証人:ものみの塔、モルモン教などがそうです。彼らに
共通点は、聖書以外の教典を持ち、そして救いのためにノルマを課します。それらは非聖書的です。
詳しくは、牧師にお尋ねください。)
 他はだいたい大丈夫ですが、教派によりそれぞれ個性がありますので、行って、ホッとできる教会と
めぐり会えるなら、言うことなしですね。
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(Q)宗教は何を信じても同じではないですか。
(A)
 おそらく何か信じている人は、そのようなことを言わないと思いますが、どれを選ぶかは結婚相手を
選ぶようなもので、それによってやはり、得る安らぎや生き方が違ってくると思います。ですから何か
選ぶ時は、本当に慎重を期するわけです。さてまた何も信じないといっても、それでは、つきつめれば
人間は死ねば終わりという、空しい考えと、同じになってしまいます。
 多くの宗教は人が天または仏や神を目ざし、そこに近づこうと、↑向きに心と生活が向かうように
頑張ります。切磋琢磨、努力精進はすばらしいことですが、しかしどこまでやってもそれによって、
完全な救いを得るとは言えないでしょう。
 キリスト教は、人ではなく、神が私たちを愛し、救うために来たということを告げます。↑の努力
ではなく、↓の愛が私たちを救うのです。教理としては浄土真宗にある部分似ていますが、歴史に
基づく信仰であるという点が違っています。また倫理的な教えを多く含むことが特徴的です。
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(Q)聖書なんて、非科学的ではないですか。
(A)
 クリスチャンで、偉大な科学者も数えきれないほどおられます。だいたい、聖書は理科の教科書として
書かれたものではなく、人間のいのちの意味と、それに対する神の愛、また計画を表わすために記された
ものですから、科学とかとは全く別な領域を扱っているわけです。たとえば恋人と海岸を歩くとき、月が
きれいに見えるその心の部分を扱っているのです。その時恋人どおしの会話は、月がきれいに見える科学的な
説明はしないでしょう。しかし両方とも、事実なのです。ですから聖書の天地創造のあたりなどを読んで、
これはおかしいと言うことの方がナンセンスです。 さて、それはさておき、聖書にはやはりどうしても、
現在の私たちの知識では納得のいかないことがあるのも事実です。その最たるものはイエスの復活です。
しかしクリスチャンは、それを本当に信じています。だからこそ、私たちの復活もあると信じれるのです。
死ねば終わりというのと、どっちが空しいでしょうか。
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(Q)クリスチャンでなければ救われませんか。
(A)
 そんなことはありませんが、キリストにおいてよりほかには、確信は与えられないでしょう。何教の信者で
あっても、その人は神によって命を与えられ、死んで同じ神さまのもとに立つのですから、すべてのことは
神さまが、最もよいようにしてくださるでしょう。ただしかし、神は、私たちが生きている間から、どれだけ
私たちを愛し、そのために犠牲を払ってくださったか、知ってもらいたいと強く願っています。そのことに
よって私たちと、深い交わりをされたいと思っておられるからです。
 神は、愛する御子イエス・キリストを世につかわし、それを罪深い私たちの身代わりとして死なせるほどに、
私たちを愛してくださったのです。これは歴史において、本当に起こったことです。聖書は、数千年にわたる
このことの預言と、そのことの成就を、記録しています。この出来事を信仰をもって受け入れる者には、確信と
平安が、与えられます。
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(Q)クリスチャンになったら、何か生活が制限 させられそうで。
(A)
 クリスチャンならこれはすべきとか、してはならないとか、特に決まった定式のようなものはありません。
クリスチャンであろうがなかろうが、良心がとがめるようなことは悪い、善いと思えることは誰でも進んで
なすべきなのです。そして、クリスチャンになっても、失敗や配慮のないことの、繰り返しがあることは
同じです。けれどもそこには、主イエスによる、赦しと慰めが与えられるのです。だから、変な心配は、
当教会には無用です。
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(Q)お酒やたばこについてはどうですか。
(A)
 からだを害さないかぎり、またエチケットを守り人の迷惑にならないかぎり、あなたの好きになさって
よいのではないですか。嗜好品ですし、他の人と一緒にやるのもまた楽しいことでしょう。私も少々飲みます。
しかし、そう言わない教会もあることを、一言つけ加えておきます。
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(Q)家の仏壇とか墓とか、どうなりますか。
(A)
 いろんなことをキツく言う派もありますが、私たちはそんなことは申しません。唯一まことの神をのみ信じ、
それにのみ礼拝をささげることは、キリスト教徒の当然の行為でありますが、しかしまた、家族が大切にして
いる事柄やその気持ちを尊重することも、大切なことです。私は家に仏壇があっても、いっこうに気にしません
し、むしろ家族が大切にしているなら、進んで手入れをしてあげるくらいなことをお勧めいたします。知人の
葬儀への参列などについても、同じことが言えます。遺族の方のいたみをよくわかってあげてください。焼香も
問題ありません。私は仏式に参列した時、焼香をして十字を切りますが、別に切らなくても構いません。また墓の
ことですが、時々墓前に行くことは当たり前のことですし、丁重にお世話してあげることは自然なことです。
しかしそれは故人がうかばれるためのものではありません。その人の霊は神さまのもとに行って、神さまに
全部おまかせしてあるものだからです。また、クリスチャンが遺骨をどの墓に入れられるかの問題についても、
これもまた全く気にすることはありません。お寺でもどこでも心配は要りません。また家の人のために
クリスチャンが別の宗教の仕方で葬りをされたとしても、いっこうに救いは揺らぎませんからご安心ください。
神さまはそんなことで予定を変更するような、ちゃちな方ではありませんから。(しかし、キリスト教での
葬儀は本当にいいですよ。信者でなくても受けます。また、結婚式ももちろん受け入れてます。)
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(Q)私でもクリスチャンになれますか。
(A)
 クリスチャンになった、多くの人がそのように思っていました。しかしなってみると、くだらない心配をして
いたことに気がつきます。クリスチャンは、清い人間ではなく、ただ神さまから赦しを受けた、罪人に過ぎません。
違いは、神の愛を知り、平安が与えられ、喜びの中に生かされていることです。私は、だれでもなれると言うより、
みんななったらよいと思っています。

 

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